2011.05.20 Friday

生きていることを実感する

久々に三つの写真展

一度にたくさんみても、何も残らないかもしれないと思いつつ、ひとつみると
もっとみたくなるのが、私にとっての写真展です。
少し前の事になりますが、ゴールデンウィーク中の東京で、国立新美術館の
「アーティスト・ファイル2011」では松江泰治さんの新作を、
水曜日にはニコンギャラリーで石川直樹さんの「コロナ」と
森岡書店で天野裕さんの「Rirutuji」と「arga」の二冊を見て来ました。

三つの写真展は、どれも今、そこにいて生きて生活している事を写しています。

松江さんの作品は映像作品もあり、砂漠や丘陵や都市というような、地球の表面上、
世界中どこにでも当たり前にある風景を切り取っています。
写っているもの全部が均等にある存在であり、生息していることを特に映像作品で
強く感じました。
時間も場所も意識させない、場所を平等に見ている独特な視点です。
今までは松江さんの作品は、そこにあるものの緻密な描写力が美しく、
それがすごいと思っていて、生きていることを感じ取るというのは、
想像していなかった事です。

石川直樹さんの「コロナ」は、第30回土門拳賞を受賞した作品展です。
説明によると、—–南太平洋のポリネシア・トラインングルと呼ばれる広大な海域に
住む同種の言語と共通の文化を有する海洋民を、10年にわたって追った
旅の一区切りなった作品。—–とあります。
広い海域に離れて住んでいるにも関わらず、同じ様な生活様式と文化を持っている
事は、何か物質的ではないもののつながりを教えてくれました。
悠々と広い海に波しぶきを上げて進む船や深い青の海面の作品はとても気持よく、
この海域の大らかさと強さを感じました。
展示の中で、作品のサイズの大小か、一点象徴的な作品の大きなプリントが
あったら、もっと印象的な展示になった様な気がします。

昭和の雰囲気が濃い森岡書店で、壁際に置かれた天野裕氏さんの「Rirutuji」と
「arga」二冊の作品集はとても良く合っていたと思います。
「Rirutuji」を見たのはこれで三回目。最初と二回目は塩竈フォトフェスティバルの
ポートフォリオレビューの時です。
200枚以上の作品のどれも外す事はできないという天野さんですが、
全部が揃って初めて自分なんだという言葉は、器用にスマートに自分を表現する事
とは対極にあります。作品一点一点がどうだと言う事よりも、
作家という者の在り方を考えた時に、自分が生きている事を泥臭く、生々しく
伝えたいと言う、作り手の原点にいる人だと思います。
「arga」は前作の続編のようですが、まとまっているようには見えませんでした。
切り取り方や見開きの組み合わせなど、一見斬新に見えるやり方や、
一連の流れとはかけ離れた被災地の写真は、ストーリーなのか日常の連なりの記録
なのか、日記なのか。もしくは自分の記憶のためなのか。
ここからが写真の難しさだと思います。

アーティスト・ファイル2011ー現代の作家たち
2011年3月16日(水)〜6月6日(月)

国立新美術館 http://www3.nact.jp/af2011/

石川直樹「コロナ」
2011年04月27日 〜 2011年05月10日
銀座ニコンサロン http://www.nikon-image.com/activity/salon/

天野裕氏 写真集「鋭漂」チャリティ写真展
2011年05月2日 〜 2011年05月7日
森岡書店 http://moriokashoten.com/