2012.07.25 Wednesday

LOST & FOUND PROJECT トーク+スライドショーへ

先日、田町のP.G.Iで開かれたLost&Foundのトークイベントへ出かけました。プロジェクトの実行委員会委員長である写真家の高橋宗正さんとお会いするのは、丁度一年ぶり。山元町の写真洗浄の現場以来でした。かなり大変な仕事をしているけど、元気そうで安心しました。

東日本大震災で被災してしまった写真が、今年の1月、西麻布の赤々舎での展示を皮切りに、3月のロサンゼルス、4月のニューヨーク、6月のメルボルンの展示を経て、東京に戻って来ました。9月はヨーロッパへも旅に出るそうです。なぜいきなりのアメリカだったのか? 質問の答えは、一度日本から離れて写真の価値を問いたいというようなものでした。被災した写真を展示するとなると、汚染の心配をする声も出ていたでしょう。安全性を形で表す意味もあったのかもしれません。

トークの中でこの写真展示はアートか否か、という話しが出ました。
「自然」の対極にある人工の「美術」、その「美術」の役割、それは人に思考を促すもの。という前提で、アートであると言える。という考え方の提示をディレクターの方がした時、この西洋的な美術の位置づけには正直、違和感がありました。
私たち日本人は、自然と美術を切り離しては来なかった。むしろ自然の中から言葉や美術が生まれて来たと、当然のように思って来た。言葉にすると、これではとんでもなく説明も勉強も足りませんが、専門的な見地からみてこれはアートであると言うことの淋しさを感じて、私は山元町の写真洗浄の現場の光景を思い出していました。この1枚1枚、人の手で洗われた写真にとっては、ここに写っていた人たち物たちにとっては、何の関係もないのだから。この写真展示は理論を超えたところで見つめられるべきもの。アートかどうかの価値を取り払って向き合い、そのものの意味を考えるものではないか、私はそう思います。

LOST & FOUND PROJECTのサイト内に赤々舍での展示の様子が出ていますが、どこの展示も同じように壁一面に写真が貼ってあります(1枚ずつビニール袋に入れてある)。私は赤々舍での展示を見た時に、とても単純にうまい展示方法だなぁと思いました。アメリカ人にとっては抽象的すぎる?というような理由で、ニューヨークのアパチュア・ファウンデーションのギャラリーでは、一部額装をして展示をしたそうです。(Aperture Foundationは、NYの写真出版においては欠かせない存在)家族写真としての展示という意味合いだと思います。
日本での展示と同じく、海外の展示場所もギャラリーやスタジオですから、展示される写真に合っていて一番良い環境です。もしかすると、場所と展示方法が被災した写真をアートと言わせているのかもしれない。被災を受けた、たった一枚の写真が、山元町から離れた場所に行き、私たちにいろいろな事を考えさせてくれました。

LOST & FOUND PROJECT

PHOTO GALLERY INTERNATIONAL

2012年7月2日(月)−8月31日(金)
※ 8/12 – 19 夏期休廊

2012.07.19 Thursday

ひとり反核運動_福島久仁子さんのこと

昨年の震災以降、デモや集会に参加しながらオリジナルの反核バッチを1000個以上販売してきた、福島久仁子さんが続けている「ひとり反核運動」をとどけ隊のブログでご紹介しました。

7月16日の「さようなら原発10万人集会」では、私も参加して反核バッチの販売をお手伝いしたのですが、老若男女、いろいろな年代の方が買ってくださって、数時間で300個以上のバッチが売れました。
収益の半分を福島県の子ども基金に寄付し、残りの半分でまたバッチを作るそうです。バッチのイラストを描いたのは、久仁子さんのご主人の平野浩二さん。二人の共同作業で作られたバッチは、可愛らしい存在感で普通に自然に、でもはっきりとした意思を伝えてくれます。

脱原発、反核、デモ行進、というと、まだ偏った考えの人が多く参加している様な印象を持つ方もいると思いますが、今やごく平均的な一般市民のものになりました。未来に目を向けると、自然に原発の存在理由そのものを考えるようになり、平和をイメージした時、NO NUKESを選択したという、ごく普通の人がほとんどだと思います。
これまでの便利すぎる生活を考え直すと言う事も含めて、おそらく、福島さんもある時捉えた感覚をそのまま行動に移している一人だと思います。

思いもよらないことで、これまでの自分の生活を思い返す事もあります。震災後一年経って北アメリカ沿岸にたどり着いた、がれきの映像をTVで見た時です。
多くのプラスティック製品、処分しようの無い住宅建材など、私たちの豊かな生活の中身の一部が北の豊かな自然の中に前触れも無く侵入していました。
広い太平洋の潮のうねりが運んだ物とはいえ、そこにあった物は誰の物でもない、私個人の自分勝手な生活の部分のように見えて、そもそも、何を選んで生活して生きてきたかを突きつけられた様な衝撃でした。その映像から、具体的にはうまく説明出来ないくらいの猛烈な反省と、これからどうやって行くのかという、重い質問を突きつけられた気がします。

2012.07.07 Saturday

本と写真 リニューアルしました

春頃からしばらく更新をお休みして、サイトを新しくしました。
作ってくれたのはWebデザイナーの福島賢一さん。
東北大震災復興支援 助けあいジャパンのサイト構築に関わった方です。とどけ隊のサイトも福島さん作。
5年目の「本と写真」はシンプルで見やすいサイトになりました。

このサイトはWordPressというソフトで作っています。
とても合理的に出来ていて、アイデアさえあれば、かなり自由な事が出来そうです。
ウェブサイトの制作には仕事で関わった事がありますが、
これまでは、それほど詳しく知ろうと言う興味はありませんでした。
今回は今までよりも少し制作の裏側を知る知る事になり、サイトを「構築する」という意味がよくわかりました。
表面的にどう見せるか、使い勝手をどう良くするか。それは更新をする裏側にも言える事です。
見え方と使い勝手を表と裏で立体的に作る。
ウェブサイトのデザインと構築は、三次元をイメージする感覚があるかないかを試される様な気がします。

2012.07.01 Sunday

表紙の一枚

昨年3月の震災以降、自然を写した写真ばかりが気になっていた時、
小林紀晴さんの八ヶ岳の写真を見せていただいた。
さりげない、特別な計算無く撮影された森の中でのひとコマ。
一見、風景そのままを素直に写したような作品に、いま強烈に惹かれています。
自然は私たちがどうにか出来る物ではないということを思い知らされてから、
演出も足し算も引き算もない写真の中にこそ、
ごく小さな大事な物を見つけられると気づいたからです。

登山者の声が聞こえて来そうな明るい森の道で、
突然現れた鹿に、私たちはハッとして立ち止まる。
鹿が見ている先には何があるのか、鹿の目が捉えている何かに
想像力を広げてみたいと思います。
私たちはそこに当たり前のようにある自然に対して、
時々、ハッとして目を凝らし耳を傾けることを忘れてはいけない。
それを教えてくれた一枚です。