2015.02.18 Wednesday

写真の日々_(3)

昨年の12月にグループ展に参加した時の事。知り合いの女性が会場をひと通り見終わってから、あるカラー作品の前に立って言った事は、「この作品だけ、何だか違う。何が違うんだろう…」。

フィルムで撮って印画紙に焼いた作品の中で、その数枚の作品だけ、デジタルカメラで撮影された物でした。

彼女は専門書を出版する会社の編集者なので、ごく一般の人とは物の見方が違っているかもしれません。それにしても、写真に興味を持って見始めたのは最近だと言う人が、そこで何を感じたのでしょうか。

フィルムや印画紙の値段がどんどん高くなって、このままいくと銀塩写真の人口は減るばかりです。それでも気になるアナログとデジタルの違い。(1)の記事で書いた銀塩とデジタルを混ぜた展示を見てくれた人は、ほとんどが自身でも写真をやっている人たちです。その反面、(2)の記事で書いた、銀塩プリントの雰囲気を気に入ってくれた人と、今回の「何だか違う」という感想は、いつも写真作品を意識的に見ている人たちのものではありません。写真を見慣れていない、専門家ではない人たちの方がその違いに敏感だとしたら、写真に関わる私たちは、何を考えて見せて行ったらいいのでしょう。

写真に係らず何でもというのは大げさだとしても、細かな違いや変化をそのままにしてしまうのは残念な気がします。これは平らなのか、ざらざらなのか、という違いを提示したり、そのものの善し悪しを比べたり、もっと繊細な所を見て行きたい。古い物を古いという視点だけで見るのではなく。区別がしにくものの違いが、実はとても大きく違う感覚を生んでいるとしたら、それは面白くも怖くもある事だと思います。

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上の写真は、小海線清里駅(山梨県北杜市高根町清里)の 写真。駅の開業は1933年、この写真が写されたのは、その5年くらい後だろうか。清里開拓の父と呼ばれるポール・ラッシュが、キリスト教研修の中心施設として清泉寮を建てた頃ではないかと思う。昔の写真を見て、私たちがどうやって今まで過ごして来たのかを想像すると、ごく当たり前で、大切な生活が見えてくる。まじめで温かく、土地に根ざしているたくましさを感じました。

2015.02.17 Tuesday

写真の日々_(2)

私が写真を撮るのは、フィルムカメラとデジタルカメラとiPhone6。そして暗室に入ってプリントしたり、プロラボに頼んだり。でも、デジタルカメラとiPhoneの写真をプリントしたのは、数える程しかありません。デジタル写真は写真と言うより画像であり、モニタで見る物になってしまいました。

フィルムで撮った写真とデジタルで撮った写真の違いはどこにあるのか。デジタルカメラが今ほど使われていない頃から、そのことはしつこく頭にあって、事あるごとに納得するための糸口を探していました。
よく、フィルムの方が味があるとか言われますが、デジタルデータはフィルムの質感や調子を出すために十分なアプリケーションがあり、そのデータを印画紙に焼けば写真としての価値も高まります。そもそも「味」は元々備わっているもののはず。と言う事にもなりますが、作る事は可能だと思います。
それでも、何かが違うのは、材料としての違いなのか、撮る側の緊張感や精神状態の違いなのか。この疑問に捕われている私は、時代に取り残されているのかも。そこで、自分で密かに実験的な事もしました。

昨年、浅草のギャラリーPIPPOでのグループ展に出展したときのことです。35mmフィルムと645フィルム、ミラーレスデジタルカメラとiPhone4で撮った写真を混ぜてみたのです。デジタルデータもすべて印画紙に焼いて額装しました。偶然、カラー作品とモノクロ作品がデジタルにもフィルムにもあって、さらにフィルムの方はサイズも混ざりました。一点だけ、iPhone4で撮ったカットも印画紙で焼き、全部で9点です。正確には6種類の媒体とフォーマット違いになりました。
バライタ紙に焼かれたモノクロ作品以外のカラーについては、デジタルとフィルムの違いは判別しにくく、iPhoneのカラーに至っては、これがiPhoneの写真とはっきり答えた人はいませんでした。
プリントを直にじっくり見れば、粒子の違いで判別は可能だと思います。でも、額に入り、アクリルで覆われたプリントを見ても違いはよく分からない。フィルムを使う側からすれば、何で撮っているのかを気にしますが、一般的にはその視点で写真を見る事はほとんどありません。あれれ、、、思ったほど違いは無いみたい。

数年前に開かれた写真関係のトークイベントで、印象に残ることがありました。数人の写真家がまさにフィルムとデジタルの優劣の話をしていて、いまひとつ決定的な言葉を発する人がいない中、少し間を置いて、写真家の操上和美さんが「空気が写るんだよ、フィルムは。」と、ぽつっとおっしゃいました。
人物でも物でも風景でも、そのものだけでなく目には見えない空気が写る。それは、銀塩写真に惹かれる理由として、あまりに感覚的で芸術的で、その時は、本当にそういうことなんだと心底思ったのでした。

写真としての価値を勝手に決めるとしたら、バライタ紙に焼かれたモノクロ写真が一番先に浮かびます。良いプリントの階調の豊かさは見とれるほど。カラープリントはどうだろう。カラーはもうすでにデジタルの物となっている。そんなことをそろそろ結論づける時かなと思っています。なのに、こんなことがありました。
昨年、友人の結婚式で645カメラで撮ったカラー写真を、キャビネサイズの印画紙に焼いてプレゼントしたのですが、30代前半のご主人が、結婚式で撮られた写真の中で一番気に入っている、と言っているそうなのです。学生時代からデジタルで育った人が、フィルムで撮った写真はやっぱりいいね、雰囲気が伝わるね、という、その見方と感じ方を無視する事はできないと思いました。そういう中にこそ、写真の奥深さや面白さの秘密が隠れているのだろうと思うし、写真に限らず、道具や材料の違いは内容の善し悪しさえも左右する重要な物である。と思います。料理でゴマをする時、機械でするか、手でするか。というような。

来週の遠出にカメラは何を持って行こうか?いつまでも、写真を何で撮るか迷う日々。でも、魅力的な写真であれば、おいしい料理であれば、道具は何使った?とは聞かれませんね。その大事な時にiPhoneしか持っていなければそれでいい、それよりも何を撮るかを大事に、撮る事自体を楽しもうと思います。

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上の写真は、乃木坂のギャラリー間で開催中の、「TANGE BY TANGE 1949-1959/丹下健三が見た丹下健三」展(1/23〜3/28)で展示中のコンタクトシートの一部。
丹下健三は1949-1959の10年の間に国内外で撮影した膨大な数の写真を遺している。没後10年目の今年、初めてそのコンタクトシートが公開された。
写真家の石元泰博を伴って訪れた、桂離宮の細部を切り取った写真は、先人の仕事から何かを見いだそうとしているような、次の作品に向けた模索のようにも見えた。逆に石元作品が桂離宮を古い建造物として撮っていない、という印象を以前から持っている私が、この時代を代表する2人の作家の写真を対照的なものとして見てしまったのはなぜだろう。ここでまた写真の不思議にぶつかりました。

2015.02.16 Monday

写真の日々_(1)

昨年、11月と12月に二度グループ展に参加した時、すべて自分でプリントをしませんでした。時間が足りなくなり、セレクトの為のテストプリントをするのが精一杯だったからです。すべてカラーとモノクロ専門のプロラボにお願いしたので、展示には間にあったものの、結果的には初めて客観的に冷めた目で自分の写真を見る事になりました。
そうすると何が良いのかよくわからなくなり、セレクトも展示方法も周りからアドバイスをいただいて、何となくこれでいいのかなという決め方になりました。

1月の始めにオープン前の平間写真館にお邪魔して、写真家の平間至さんのワークショップ、フォトスタンダードをのぞいてきました。受講生は一年間写真を撮る事とモノクロバ ライタプリントを学び続けて、その成果を3月に3回のグループ展という形で発表します。その日参加していた6人程の受講生は、セレクトのためのプリントを 並べながら、講評を受けたのですが、みんなのプリントのうまさには本当に驚きました。昨年の春から、写真にまっすぐ向き合った結果が出始めていました。中には以前から私も作品を見ていた人がいたので、そのかわり様をたくましく感じて、アマチュアであっても若い世代の撮る写真をちゃんと見て行きたいと思ったくらいです。(上の写真がその講評の時の様子)

彼らはそれぞれのフィルムカメラで写真を撮り、自分でプリントをしている訳ですが、今の時代、こういうことをしている人は本当に少数の写真マニアだと言われています。でも、彼らの写真を見て、アマチュアであっても写真を何で撮るかということはその人の写真の分かれ道だと思いました。銀塩プリントをみて、印画紙の美しさをできるだけ自分の中に留めておこうとするかどうか。 誰であれ、それを忘れずに大事にしていたなら、この先何で撮ろうといい写真が撮れる気がします。

デジタルカメラは進歩あるのみ、でもフィルムと印画紙はそのうち無くなってしまいます。今のうちにできるだけ、フィルムカメラで写真を撮るということを楽しんでおく。もう、そう言うところまで状況は進んでしまった。値段もどんどん上がっていて、人に勧めようにも積極的になれません。銀塩写真の状況は風前の灯かもしれない。最近、初めて切実にそう思いました。

明日、私は写真を何で撮ろう。大好きだから、いつも悩むカメラの選択。その事を続きの記事で書こうと思います。