2017.04.09 Sunday

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Cover 08 石田榮さんの写真

こんな風に、私たちは笑えているのだろうか。写真集にするために2年間、幾度となく見てきた写真を前に、いままた改めて思います。石田榮さんの写真は、ただ懐かしい光景を見せてくれているだけではない。働くことの意味を、生きていくためなんだよ、と教えてくれる。

アマチュア写真家の石田榮さんの写真を初めて見たのは、2015年の6月、尼崎の居酒屋です。尼崎の写真イベント「アマバウ」に、写真評論のタカザワケンジさんと写真家の中藤毅彦さんがゲスト、写真研究の大澤友貴さんと私はトークの聞き手とコーディネーターとして呼んでいただきました。その晩の打ち上げの席で、石田榮さんの写真が居酒屋の座敷のテーブルに並んだのでした。

写真を見せる、見る、という場では、本来もっと形が整えられているべきだろうと思う。例えば黒いきれいなポートフォリオに美しいプリントが収められているというような。いつだったか、立派な桐の箱に入ったプリントも見たことがあるし、それはやり過ぎとしても、見る側は、そこに作家の美意識や写真に対する思い入れも感じることになる。きちんとしていることは、儀礼的と言うより見る側に対する礼儀とも思う。しかし、力を持っている写真には、入れ物など関係が無く、すっぴんで飾らない写真は、あっけらかんと裸のまま、にこにこして並んでいました。

石田さんは「うちで出してきたから色はダメだけど、こんな写真なんですわぁ」と言って、たくさんの働く人たちの写真を見せてくださった。ほんとだ、「うちで出したプリント」は確かに間違ったインクジェットの変な色だ。一緒に見ていた中藤さんと私は、うーん、この魅力的な写真をどうしたら良いだろうかと同じ事を考えていたはず。一言で言うと、見た瞬間に私はこの写真に一目惚れした。これらは居酒屋から外に出て、大通りを渡って本屋に並び、多くの人の目に届くべきだと思うと同時に、相当気が早いことに、きっとそうなるだろうと確信していました。

東京にプリントを持ち帰ってから一か月後、羽鳥書店の羽鳥社長と編集の矢吹さんに、出版の約束をしていただくことになります。何のつてもなく、写真を見ていただいたのにも関わらず。私はただ、石田さんの写真集の背に入るべき版元の名前は羽鳥書店だと、そう思ってドアをたたいただけだった。2016年の7月末に羽鳥書店から石田榮写真集「はたらくことは 生きること–昭和30年前後の高知」が刊行。10月には大阪・豊中にリニューアルオープンしたギャラリー176で写真展が開かれ、2017年4/11から、東京・築地のふげん社での写真展が実現します。これが石田榮さんの写真がたどった道です。

尼崎の居酒屋で、私は石田さん以外にも大阪や京都の写真をやっている人たちを知り、彼らは保守的に見えて、何だかアーティスティックな雰囲気を持っていて、これ未完成じゃない?と思うような写真でも、どんどんまとめて形にしていくというような、バイタリティがある気がしました。元々、アマチュア写真の中心は大阪にあったと聞きます。そんな底力を感じながら、何より写真を好きだという、楽しげで積極的な、その心意気をうらやましく思ったのを思い出します。

石田榮さんご本人と、その写真の力に引っ張られるように、応援してくださる方もどんどん増えて、ここまで来ました。本当にありがとうございます。この続きを今、妄想中です。石田さんの写真の旅は、まだまだ終わりませんよ。またどこか別の地で、この写真を見ていただきたいと思っています。どうぞお楽しみに。そして石田さんの応援をよろしくお願いします。