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13 黒田さんの本

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長く続いたラジオ番組の最後に、いつも聞こえてきた声。
「今週末をお気持ち爽やかにお過ごし下さいますように。黒田恭一でした。お元気で。」

その音楽評論家の黒田恭一さんが5月29日に亡くなられました。心よりご冥福をお祈りいたします。
5 年ほど前に、黒田さんの著書をデザインした事があります。ご自身のポートレイトを撮影したり、ランチをご一緒してお話を伺ったり、たいへん楽しい仕事でした。

今から40年ほど前、30才そこそこの黒田青年は初めてのオペラ一人旅に出かけ、最初の到着地コペンハーゲンの歌劇場で、公演が終わるまで眠りこけてしまう。そしてヨーロッパを廻り4ヶ月たった時、異国の土地で疲れ果てた黒田青年は、予定を繰り上げ帰国の途につきます。初めての海外旅行での失敗はなつかしくほほえましく、いつも黒田さんの胸の中にあったのでしょう。いかにも若者の慣れない土地への一人旅、といった内容の前書きで始まるこの本の内容は、黒田さんの多くの知識と経験に基づいた、ヨーロッパ各地のオペラハウスと音楽祭の紹介でまとめられています。

タイトルに「ぼくの」とつけるからには、 ぜひともポートレイトを撮らせてほしいとJTBの原畑由美子さんにお願いしました。そして、前後の見返しには黒田さん所蔵の品を載せることにしました。歌い手のサイン入りの写真集、感想が書き入れてあるパンフレット、小さなチケットまで、黒田さんの旅の記録がつまったファイルから、大切なたくさんの資料を お借りして、きっとオペラファンならあこがれの眼差しで見ることになりそうなものばかりを並べました。

ご自身がカバーになった著書は、奥様にしかられたそうです。撮影の時には旅支度をして来てくださいという無理なお願いも聞いてくださり、いってきます!と手を振って旅に出かける気分で撮影を楽しんでくださった。私も撮影の最中は、黒田さん、いってらっしゃい!お土産待ってます!と叫んでいたなあと、なぜだかずいぶん昔のことの様に思い 出します。

黒田さんを囲む食事会に誘っていただいた時、遅れて店に着いた私をすぐに見つけて、黒田さんはこの時も私に大きく手を振ってくださいました。あなたはクラシックやオペラをよく知らないだろうけど、仲間に入れてあげるよ、と言って、こちらが躊躇する間もなく、輪の中に居心地の良い席を用意してくださった。そんな心遣いが伝わって来ました。

僕は編集者泣かせなんだ、とおっしゃっていた黒田さん。ずいぶん厳しい方だということも聞きましたが、少なくとも私の心の中には 特別に温かい何かを残してくださいました。それはうまく説明できないけれど、自分も誰かに渡せるようになりたいと思うような、何かとてもいいもの。

黒田恭一さんの訃報に接し、今回は私がデザインした本をご紹介することにしました。ごく普通の版形の小さな本ですが、 ブックデザインという仕事は、著者の生き方に触れるような体験が必ず含まれていて、多くのことを教えてくれるものだと実感した一冊です。
題 名 ぼくのオペラへの旅「ヨーロッパのオペラハウスと音楽祭を訪ねて」
著 者 黒田恭一
ポートレイト撮影 平間 至
出版社 JTBパブリッシング
サイズ 四六版
初版発行 2004年3月1日